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2026年8月9日日曜日

1グラムの憂鬱と、愛しき老犬の予期せぬ落とし物

 8月9日、日曜日。

恨めしいほどに澄み切った空。老犬を体重計に乗せると、ちょうど1グラム減り、4.4キロになっていた。たかが1グラムだが、意味深い1グラムだ。しかし、そんなささやかな喜びを吹き飛ばすように、彼女はひどく体調が悪いらしい。左右の犬歯が痛むらしく、十中八九、歯槽膿漏だろう。視線を落とすと、大量の血が愛用の布団を無慈悲にも汚していた。それはまるで事件現場——静かな山間の田舎町で繰り広げられる、血塗られた密室サスペンスだった。

名探偵のごとく、私は彼女の口内環境を改善するという壮大な任務に立ち上がった。意気揚々と歯磨きと目のケアの準備を始めた矢先、どこからともなくウンチの芳しい香りが漂ってきた。「あなたがグズグズしてるからよ」とため息をつく妻の呆れ顔が見えるようだ。己の不器用さを呪いつつ、どうにか歯磨きを終え、目のケアに移ろうとした。

「さあ、目を綺麗にしようね」と、あふれる愛情とともに彼女を抱え上げた。その瞬間——ポロリ。彼女は無遠慮にウンチを落としたのだ。私は宙に浮く老犬と、床に落ちたそれとを交互に見つめた。「私は一体何を期待していたんだ?」。老犬の括約筋は、私の些細な計画などいとも簡単に飛び越えていく。結局のところ、今日は目のケアはしないという唐突な結論に至った。

昨夜、彼女は何度も落ち着きなく寝返りを打っていた。暑さのせいで眠れなかったのか、それとも痛みのせいだろうか。言葉を持たない生き物の苦しみを推測することしかできない己の無力さが、私の心を少しだけチクリと刺した。今夜はどうなることだろう。夕日が古い町並みをオレンジ色に染めるのを見つめながら、私はため息とともに汚れた布団を洗濯機に放り込んだ。まあいい、これがここでの生活なのだ。明日も彼女が安らかに呼吸をしてくれさえすれば、それで十分だ。



2026年8月8日土曜日

我が家の時空を歪める4.4キロの老将軍、レークランドテリア

 【静かなる時差ボケと、笑い声の魔法】

8月7日、金曜日の朝。窓の外は晴れ渡り、最高気温は容赦なく35度を叩き出すと予想されている酷暑の日である。今朝の体重測定で4.4Kgを記録した我が家の老犬との朝は、まるで難解な暗号を解読させられる探偵のような気分だ。歯磨きと目のケア自体は何事も無く済んだものの、右目のイボ(腫瘍だろうか)がまた少し大きくなっているのが目につく。鼻のただれは今日は見当たらないが、今朝はやけに血交じりの鼻水の量が多い。さらには右の犬歯から僅かな出血があり、そのせいか左の犬歯の歯磨きを頑なに嫌がる始末だ。 


一通りの朝のルーティーンが終わると、彼は早々に夢の世界へと舞い戻り、また寝てしまった。いったい朝ごはんは何時に食べるつもりなのだろうか。我が家だけいつもと違う時間が進んでいるような錯覚に陥りながら待っていると、午前10時過ぎにようやく朝食が終了した。その結果、昼食に至っては午後2時頃までズレ込むことになった。「食べたら寝る」という行動自体はいつも通りなのだが、どうも全体の流れがちょっと違うのだ。「これは老いによる体内時計の反逆ではないか」と深刻な顔で分析を始める私に対し、妻は呆れたようにお茶をすすり、「ただのおばあちゃんがマイペースに二度寝を満喫してるだけでしょ」と一刀両断した。  


自分の大げさな妄想を恥じつつ「まあそれもそうか」と自己完結しかけたその時である。テレビを見ていて我々夫婦がワハハと笑った瞬間、熟睡していたはずの彼女がパッチリと起きたではないか。楽しそうな声が聞こえると、まるでバネ仕掛けのように体が動くらしい。なんだ、やはりしっかりと聞こえているのだ。 


起きた彼女はトコトコとトイレに行き、用を済ませると、何事もなかったかのようにまた寝た。相変わらずかわり映えのしないいつもの日常だけれど、私たちは確かに同じ時間を共有し、共に生きている。うだるような暑さに包まれた地方都市の風景の中、この静かで少し不器用な日常が、明日もただ平和に続いてくれればそれで十分だ。  

2026年8月6日木曜日

レークランドテリア:8月の重力と、4.3キロの小さな背中

 8月の重力と、4.3キロの小さな背中朝からの小雨が上がり、陽光が射し込むと、むっとした空気が世界を覆い尽くした 。8月特有の、あの容赦のない蒸し暑さだ 。今朝、16歳になるレークランドテリアのノエを抱き上げて体重計に乗せると、デジタル表示は無慈悲にも「4.3kg」という数字を告げた 。かつては暴れん坊だったウィートン色の彼女も、今ではすっかり小さく、軽くなってしまった 。 


 妻(ばあさん)が買い物に出かけ、家には私とノエだけが残された 。静寂の中、ふと趣味のカメラのレンズを磨いていると、ノエが突然バタバタと落ち着きのない足音を立て始めた 。どうしたのだろうと水入れを差し出すと、彼女はひどく喉が渇いていたのか、いつもよりずっと多くの水をゴクゴクと喉に流し込んだ 。  

「たくさん飲んだから、トイレに行きたいのかな?」と考えた私は、彼女を抱えて急いで庭の芝生へと降り立った 。しかし、彼女はそこで微動だにせず、ただじっと立ち尽くすだけだった 。抱っこしたり、もう一度降ろしたりを繰り返してみたが、結局おしっこは出なかった 。  

ふと足元を見下ろすと、彼女の鼻から赤い血の色がついた鼻水がたくさん出ていることに気がついた 。歩くのすら辛そうにしているその姿をファインダー越しに捉えることはやめ、私は静かにカメラを下ろした 。これ以上は無理をさせず、すぐに家の中へ戻ることにした 。ちょうどその時、妻が買い物から帰宅した 。  


今日という一日中、彼女の小さな体はずっと調子が悪く、辛さを静かに堪えていたのだろうか 。その姿を見ると、胸が締め付けられる思いがする 。年齢を重ねるということは、こうした静かな喪失感を受け入れていくことの連続なのかもしれない 。それでも私は、どうか少しでも楽になってほしいと願いながら、今日という一日をこの小さな命と共に生きていく 。  


今日の一枚「悪戯盛りの頃」は

2016年11月4日「シャワーで綺麗なお顔に」


と思えば悪戯でカラーBox齧って隠れて2016年11月06日


10年前のレークランドテリアさん、何にでも噛みついて壊す

カラーボックスの隅っこをイライラしたら齧る

思い通りにならなければ壊す?だけど外ではいい子で?

病院でも街中でも良い子ですねと仮面をかぶっている。

そんな10年前の記憶に残る一枚でした。

2026年8月5日水曜日

16歳と222日、生まれて6066日目の朝とレークランドテリア

8月5日、水曜日 。よく晴れた空とは裏腹に、今朝の気温は21度と涼しかった 。この小さな老犬にとって、涼しさは良い方向へと作用するらしい 。妻によれば、今朝は5時に起きてトイレへ行き、6時にはもう食事を終えたとのことだった 。  

今日で16歳と222日 。彼女がこの世界に生を受けてから、実に6066日目の朝である 。  いつものように歯磨きと目の手入れをしてやると、決まって鼻水が出る 。右目の目やにも多く、腫瘍のようなイボが少しずつ大きくなっているのがどうにも気がかりだ 。昨夜は涼しかったから、目やにが溢れるのは決して夏の暑さのせいではないだろう 。ふと鼻水が気になって、洗浄液を垂らして軽く拭き取ってやった 。すると、拭いたそばから大量の涙が溢れ出てきた 。私は何かやばい事をしてしまったのだろうか、と少し胸がざわついた 。


昨日、妻が病院で処方された洗浄液で口を拭き、「すっかり臭いが無くなった」と満足げに話していた 。そんな筈はないと私が顔を近づけて匂いを嗅いでみると、なんだか重曹(妻の言葉を借りれば縦走、だが)のような、不思議な匂いがした 。そして今朝もやはり同じ匂いが漂っている 。妻は「昨日は洗浄剤の香りだったのに」と首を傾げているが、私にはそれが、彼女が積み重ねてきた時間の匂いそのもののように思えた 。  

レークランドテリアさんは今朝も起き上がって私を迎えてくれることはなく、いつもの丸まった寝姿のまま、静かな寝息を立てている 。  

AIが創るレークランドテリア



午後になると、再び夏らしい茹だるような暑さが戻ってきた 。この子が大丈夫だろうかと、少し心配になる 。私はふとカメラのレンズを休め、今日からこの子の過去に撮った画像を「思い出記録」として残していくことに決めた 。  

2010年1月23日ブリーダーさん家


今日の一枚は、ブリーダーさんの家にいた頃の写真と、我が家にやって来た日の1枚だ 。ケージの中でこちらを睨みつける、手が付けられないほどやんちゃだった子犬の姿がそこにはある 。あの暴れん坊が、今は私の足元で静かに眠っている。過ぎ去った6066日という時間の重みと、今日という一日を共に生きているという確かな感触だけが、そこにあった

我が家でのヤンチャなレークランドテリア